
国を失い家を滅ぼせば、
何れの所にか世を遁(のが)れん。
汝すべからく一身の安堵を思わば、
先ず四表の静謐(せいひつ)を祷(いの)るべきものか。
『立正安国論』
ロシアによるウクライナ侵攻は依然として終わりが見えず、双方とも死者の数も減ることなく悲惨な状況が続いている。
一方、イスラエルによるハマス壊滅を目指す戦闘も一般市民を巻き込んで激化している。こうした世界各地での紛争状況を耳にするたびに、改めて平和であることの大切さを感じるわけである。そして何よりも、安穏な社会の中で生きることが幸せであるというのが日蓮聖人の教えである。
「外国から攻められたり、内乱によって国を失い家が滅ぼされたならば、どこに安らぎの世界がえられるのだろうか。まず、自分自身の安泰を望むならば、何よりも世の中が平和で安寧であることを祈るべきではないだろうか」と、日蓮聖人は力説するのである。
世界の各地で見られる戦争の悲惨な光景、すなわち国を追われ、家を失い、命を奪われるという世界の民衆の困難な状況は、日蓮聖人のこの主張の通り、まさにそのまま符号するものと言える。
改めて人はひとりでは生きていけないものであり、周りのものに生きていかされている存在であることは言うまでもない。したがって、世の中が平和で安泰なければ個人の安寧も得られない。逆にまた個人の幸せはすべての人の幸せに通じるものでなければならない。
ただし日蓮聖人の場合、正しい教え・法華経によって個人も社会も共に幸せになろうというものである。自分一人だけ幸せになろうとするのではなく、共に生き、共に栄える。これが立正安国の精神である。
令和6年 元日
日蓮宗本山 池上 大坊 本行寺
住職 中野日演